正直に言うと、

あの頃の私は、地域に期待していました。

都市での生活に、少し疲れていたのだと思います。

夜遅くまで働き、朝になればまた仕事へ行く。

休みの日は特にやることもなく、

競馬場に行って時間を過ごすこともありました。

仕事のリズムも、人との距離感も、

どこか噛み合っていない感覚が続いていました。

このまま同じ場所で、同じように消耗していくことに、

小さな違和感が残っていました。

だから、地域へ行けば何かが変わる。

そう思っていたのだと思います。

いっそのこと世界へ行ったろうかと思い

英会話教室へ入会し学んでみたり。

暮らしが整い、人との関係がもう少し素直になり、

自分の立ち位置も自然に見えてくるのではないか、と。


いま振り返ると、

地域そのものに何かを求めていたというより、

「私はまだ頑張れる!」

自分の側に期待があったのだと思います。


地域は、人生を立て直してくれる場所。

行けば、何かが変わるかもしれない。

無意識のうちに、そんな役割を背負わせていました。

実際に酒田市は良いところでしたし、

移住の経験して良かったと心の底から思っています。

ですが本記事は、地域を評価するためのものではありません。

地域へ向かう前の、自分の期待を記録したもの。

「あの場所に何を求めていたのか」

「なぜ、そこに向かおうとしたのか」

その整理から、この記録は始まっています。

第1章|地域に行けば、人生が整うと思っていた

地方へ向かう前、私はどこかで、

「地方移住すれば人生が整うかもしれない」

というイメージを持っていました。

壮大な自然があり

地域の人との交流があり

その中で必要とされる場所が見つかる。

そこでの活動が、そのまま自分の価値につながる。

そんな期待が、はっきり言葉にならないまま、

心の奥にあったのだと思います。

地域で何かに関わることが、

そのまま自己肯定感になるような感覚もありました。

貢献している実感を得られれば、

自分の立ち位置も自然と安定するのではないか。

そんなふうに考えていたのかもしれません。

いま思えば、

私は参加する側というより、

どこかで「救われる側」として地域を見ていたのだと思います。

自分の人生を立て直すための場所として、

地域を置いてしまっていました。

それは、甘えだったとも言えますし、

切実さだったとも言えます。

第2章|上手くいかなかったというより噛み合わなかっただけでした

これまでの時間を振り返ると、

「上手くいかなかった」

という言葉は、少し違う気がしています。

何か決定的な事件が起きたわけでも、

誰かと大きく衝突したわけでもありませんでした。

ただ、お互いのリズムが、少しずつ噛み合わなくなっていった。

それが、いちばん近い表現だと思います。

価値観のズレ。

物事の進め方や判断のスピード感。

どちらかが正しくて、どちらかが間違っている、

という話ではありませんでした。

大切にしている前提が、少し違っていただけ。

ただ、それだけのことだったのだと思います。

地域で流れる時間は、

都市での生活よりも、ずっと穏やかです。

そのリズムが心地よく感じられる場面もあれば、

自分の刻んでいるテンポと合わず、ふと戸惑うこともありました。

最初の頃は「慣れれば大丈夫だろう」と思っていました。

自分が相手に合わせれば、

自然と馴染んでいけるはずだと考えていたのです。

けれど、時間が経つにつれて、

小さな違和感が、静かに積み重なっていきました。

理想としていた関わり方と、実際の関係性。

想像していた役割と、現実に求められること。

そのズレは、激しく火花を散らすようなものではなく、

静かに、ゆっくりと広がっていく感覚でした。


いまなら分かります。

誰かが悪かったわけでも、

地域が間違っていたわけでもありません。

もちろん、自分の選択が失敗だったとも思っていません。

ただ、お互いが持っている「歯車」の形が、

完全には噛み合わなかった。

それだけのことだったのだと思います。

「間違い」ではなく「噛み合わなさ」

いまは、その言葉のほうが、

当時の感覚にしっくりと馴染みます。

完璧に噛み合わなかったからこそ、

見えてきたものもありました。

あの場所で過ごした時間は、無駄ではありません。

私に「自分とは違うリズムが確かに存在する」ということを

教えてくれた、大切なひと幕だったのだと思っています。

第3章|それでも、あの時間が無駄にならなかった理由

地域での時間が、

すべて思い描いた通りだったわけではありません。

むしろ、馴染むまでには最初から苦労がありました。

協力隊として着任してから、

住む場所と活動する場所の違いをめぐって、

意見がぶつかることもありました。

「なぜ活動する地域に住んでいないのか」

そう言われる場面も、少なくありませんでした。

あの時間を「無駄だった」とは思っていません。

その理由は、地域という仕組みや制度とは、別のところにあります。

あの場所で残ったのは、

成果や評価ではなく感覚

効率や結果よりも、

いま目の前で起きていることに向き合う時間。

その積み重ねが、確かにありました。


物の背景を考えるようになったのも、

あの頃からです。

これはどこから来て、

誰の手を経て、

どんな暮らしの延長にあるのか。

答えが出なくても、

一度立ち止まって考える癖が、

静かに残りました。

地域で出会った人たちの暮らしも、

特別なものとしてではなく、

それぞれの日常として目に入ってきました。

誰かの生活の延長に、ほんの一瞬、触れさせてもらった。

そんな感覚です。

ここで大切にしておきたいのは、

これらの時間を、地域活動や成功・不成功と結びつけないこと

正しさを主張するための立場でもありませんし。

ただ、暮らしの中で培われた感覚として、

いまも自分の中に残っています。

地域がどうだったかという評価とは切り離して、

確かに残ったものがある。

だからこそ、

あの時間は、無駄にはなりませんでした。

第4章|地域と一緒に考えてきたこと

地域での経験を「学び」「教訓」としてまとめてしまうのは、

少し違う気がしています。

そう言い切れるほど、時間はまだ続いています。

場所を変えれば、

何かが解決すると思っていた時期もありました。

けれど実際には、

場所を変えても、課題が消えるわけではありませんでした。

形が変わり、見え方が変わるだけで、

向き合うものは、どこへ行っても残ります。

それでも、地域で過ごした時間が

無意味だったわけではありません。

残ったのは、場所そのものではなく、

どう関わるかという感覚

深く入り込むこともあれば、

少し距離を取ったほうがいい場面もある。

期待しすぎると、

自分も相手も苦しくなることがある

その加減を、今も探しています。


地域との関係は、白黒はっきりつくものではありません。

近づいたり、離れたりを繰り返しながら、

ちょうどいい距離を模索し続ける。

いまは、それでいいのだと思っています。

第5章|場所より先に向き合うのは自分だった

ここまで書いてきて、あらためて感じているのは、

向き合っているつもりで、

ずっと外側を見ていたのかもしれないということ。

地域がどうか。

この場所は自分に合っているのか。

期待したものを与えてくれるのか。

そうやって、答えを場所に求めていました。

けれど、場所を変えても、

向き合うのは結局、自分自身でした。


たしかに環境が変われば、見える景色は変わります。

鳥海山は年中キレイでしたし、

冬は雪景色で楽しめました。

ただ、自分が抱えている問いまで、一緒に消えるわけではありません。

地域が良かったか、悪かったか。

その評価よりも、

自分はどう在りたいのか。

どんな距離感で、人や場所と関わっていきたいのか。

いまは、その問いのほうが大きく感じられます。


最近は、答えを求めすぎないようにしています。

どこにいれば正解なのか、

どこへ行けば楽になれるのか。

そうした問いを、少しずつ手放すようになりました。

人生のハンドルを場所に預けたままにしない。

完璧な答えは持てなくても、選び直しながら生きていく。

この感覚は、地域での経験を経て、

静かに自分の中に残ったものです。

まとめ|同じように、場所に迷っている人へ

地域の良し悪しを判断するためのものでもありません。

私自身、まだ場所に迷っていますし。

どこにいれば落ち着くのか。

どんな距離感が心地いいのか。

はっきりした正解は、いまも持っていません。

ここに書いているのは、

決断の結果ではなく、途中の記録です。

選びきれない時間や、

考え続けている感覚を、そのまま残しています。

もし、同じように場所との向き合い方に迷っているなら、

ここに「同じ場所で考えている人がいる」と感じてもらえたら、それで十分です。


あの場所で過ごした時間は、期待と現実のあいだで揺れながら、

私が人生を考え直していた途中の記録でした。

人生を選び直すということ