2025年4月で晴れて40代になりました。
年齢としては「節目」と呼ばれることが多いですが、
何かが決定的に壊れた、
という感覚はありません。
ただ、日に日に体力が衰えていくことだけは、
隠しようもなく感じ取っています(笑)
仕事が突然なくなったわけでもなく、
人から同情されるような大きな挫折を経験したわけでもありません。
生活は続いていて、
日常も実はそれなりに回っています。
それでも
「このままでいいのだろうか」
という違和感だけ
ずっと、胸の奥に残り続けていました。
どこも壊れていないからこそ、
どこを、どう扱えばいいのかが分からない。
立ち止まる決定的な理由もなければ、
勢いよく何かを変える理由も見つからない。
そんな中途半端私ですが、
40代になってから、はっきりと意識に居座るようになりました。
「私は、いままで何をしてきたのだろう」と。
第1章|積み上げてきたはずのものが、支えにならなくなった
これまで積み上げてきた経験や実績は、
決して無駄ではありませんでした。
ただ、
それが以前ほど”強い支え”には感じられなくなってきたのも事実。
過去の成功体験や、「こうすれば上手くいく」という自分なりのセオリー。
それらが、いまの状況には、どうにも噛み合わない場面が増えています。
「頑張れば、何とかなる」
「努力を続ければ、道は開ける」
ずっと、そう信じて走ってきました。
20代の若い頃なら何とかなるのかもしれません。
そんな私も40代。
良い年をしたおじさんです。
もちろん、何かを完全に失ったわけではありません。
昔の職場の言葉を借りるなら……
それは「お薬の効能」とでも言うのでしょうか。
成分は変わらないけれど、
いまの自分には、効き目が弱くなってきた。
そんな表現のほうが、しっくりきます。
それは、単に年齢のせいというより、
私を取り巻く環境や、生きる前提条件が変わってしまった結果なのだと思います。
……まあ、
歳のせいも、大いにあるんですけどね(笑)
第2章|介護が人生設計をズラした?
人生設計が大きく揺らいだきっかけは、
自分の意思だけではありませんでした。
在宅介護が始まり、
自分が自由に使える時間も、選べる選択肢も狭まったこと。
「計画通りに動く」こと自体が、何より難しくなり、
頭の中で描いていた将来像は、
そのままの形では、成り立たなくなってしまったのです。
思い描いていた未来へ向かう道が、
自分の知らないところで、
勝手に書き換えられていくような感覚。
それは「不幸」や「終わり」という言葉で、
片付けられるほど、単純なものでもありません。
いままでのやり方が通用しない場所に、
いま、私は立っています。
それだけは、認めざるを得ない事実でした。
第3章|それでも「考えること」だけは手放さなかった
状況が思い通りにならなくなっても、
自分自身の頭で”考えること”だけは、やめませんでした。
たとえ、すぐには答えが出なくても、
「私は、どう在りたいか」を問い続けること
それだけは、手放したくなかったのです。
無理に理想を追い求めて自滅するのではなく、
その都度、いまの自分に合うように、
小さく、小さく、調整を繰り返す。
無理のない速度までスピードを落とし、
状況に合わせて、何度もハンドルを切り直すような感覚です。
”人生を再設計する”
というよりも
人生のハンドルを、
もう一度、自分の手に取り戻す。
いまは、そんな感覚を大切にしています。
第4章|40代の再設計は減らすことから始まった
40代になってからの再設計は、
何か新しいものを”足すこと”ではありませんでした。
具体的には、自分への無理な期待を減らしたこと。
すべてを完璧に満たそうとする考え方も、
少しずつ、意識の脇に置くようになりました。
いま、自分にできることだけに絞る。
それ以上でも、それ以下でもない。
そう決めてしまうほうが、
かえって、日常はスムーズに回り始めました。
第5章|これからも、更新され続ける
状況は、これからも変わり続けます。
介護も、働き方も、暮らし方も。
いまの形が、ずっと固定されるとは思っていません。
介護がいつ終わるのかなんて、誰にも分かりませんしね。
だから、いま大切にしているこの考え方も、
いずれ書き換わっていく前提でいます。
私にとって設計図とは、
いつか完成させるものではなく、
一生かけて「更新し続けるもの」なのだと感じています。
不安定であることは、失敗ではないし、
未完成であることも、決して間違いではない。
立ち止まり、動きながら、
その都度、ハンドルを切り直して調整し続ける。
それが、いまの私にとっての「人生設計」です。
まとめ|同じように、立ち止まっている人へ
ここまで書いてきたのは、誰かに正解を示すためではありません。
申し訳ありません。
私自身もまだもがいていますので。
何度もハンドルを握り直し、スピードを確かめながら、止まらずに走り続けています。
揺れながら進む途中の記録
もし、あなたも同じように立ち止まり、
人生の扱い方に迷っているのなら
「私も、ここにいますよ」という、
隣にいる感覚だけ、共有できたらと思っています。
立て直すのではなく、
今の条件のままハンドルを握り直しながら、
私は選び直しを続けています。