初めて山形県酒田市に赴任し、地域おこし協力隊として活動し始めたころ、
地域の方々から何気なくかけられた言葉が、今も心に残っています。
「あんたはよそ者だから」
「住んでる場所違うからよそ者」
今では笑い話となりますが本当です(笑)
正直、当時その言葉を聞いた瞬間は、胸がぎゅっと締めつけられました。
寂しさと戸惑い
「やっぱり受け入れてもらえないのかな」
という不安が一気に押し寄せてきたのを覚えています。
でも今振り返ると、あの言葉の奥には、排他的な感情ではなく、
「これから私たちを知っていく時間があるんだよ」
という温かい期待があったように思うのです(と思いたい)
地域おこし協力隊としての暮らしは、特別なスキルよりも、人とのつながりを丁寧に育む日々の連続でした。
信頼は一朝一夕では得られません。
毎日のあいさつ、たわいもない会話、小さな「お手伝いしましょうか?」の一言。
そうした日常の積み重ねの中で、地域に成果を出すために入るという意識は、いつしか“地域と一緒に生きる”という感覚へと変わっていきました。
本記事では、私自身が“よそ者”から“家族”のような存在になるまでの、リアルな体験と信頼を築く過程で大切にしてきた「心のゆとり」をお伝えします。
まちづくりにおける“人との絆と学び”が、あなたのエシカルな生き方を考えるヒントになれば幸いです。

よそ者はまちに新しい風を運ぶ存在。焦らず一緒に過ごす時間を重ねていけば大丈夫です。
最初は「よそ者」だった|焦らず距離を縮めた、あいさつと雑談の日々
着任したばかりの私は地域の中で明らかに“外の人”でした。
酒田の暮らしにも人にもまだ馴染めず、こちらから笑顔であいさつをしても返ってこない日もありました。
地域柄なのでしょうか(笑)
「自分はこのまちでどう思われているんだろう」
胸の奥が少しざわつくような不安を感じていたのを覚えています。
小さな接点を焦らず積み重ねていく
それでも私が続けたのは、
”日常の中の小さな接点を大切にすること”
継続の力
道ですれ違えば必ず立ち止まって笑顔であいさつする。
話しかけられたら、作業の手を止めて丁寧に耳を傾ける。
たとえ短い会話でも、その一つひとつが信頼の種になると信じていました。
心のゆとりを持つ
最初のうちは関係がぎこちなくても大丈夫。
「時間をかけてゆっくりでいい」
そう心に言い聞かせながら、焦らず自然体で接するようにしました。
その“ゆとり”が、まちの人たちとの間に穏やかな空気を生んでいったのです。
信頼の第一歩は混ざることから
無理にイベントを企画したり、大きな成果を出そうとせず、まずは地域コミュニティの日常に混ざることを目指しました。
地元の方の名前を覚え、プライベートの話から天気や季節の食材の話をする。
その小さな会話の積み重ねが、いつしか硬かった心の壁を、少しずつ溶かしていきました。
信頼は特別な行動ではなく“日々の積み重ね”の中にある。
そう気づいたのは、この頃のことです。
信頼を築くために意識したこと|まとめ
- 無理に成果を出そうとせず、存在として日常に混ざる
- 地域の話を謙虚に聴くことから始め、理解しようと努める
- 心のゆとりを持って名前を覚え、笑顔の挨拶を続ける

信頼は特別なことじゃなく日々の小さな積み重ねから育ちます。
頼まれる存在になったのは、一方的ではない「共助」を教えてもらったから
活動を続けていくうちに地域の方から
「かすみちゃん、これ手伝ってくれるか?」
と声をかけてもらえるようになりました。
「(ん?かすみちゃん?)」
それはさておき、私が地域を助けたからではありません。
むしろその逆で、私自身が何度も地域の人たちに助けられたからこそ、信頼という絆が少しずつ育っていったのだと思います。
「助ける」でも「助けられる」でもない共にあるという感覚
酒田での暮らしの中で私がビックリ(感動)したのは、地域に根づいた共助の文化でした。
大雪が降った冬の朝、雪かきで困っていると、
「大丈夫?」
「こっちに捨てると良いよ」
と声をかけてくれる人がいたり、慣れていないだろうと思ったのか
私が出勤している合間に手伝ってくれたり。
また地域イベントの準備中、一人で作業していると、いつの間にかみんなが集まり、黙って手を貸してくれる。
その何気ない一瞬が、私にとって大きな救いだったと思います。
そして気づけば“よそ者”という心の壁がふっと消えていました。
ありがとうよりも一緒に笑える関係がうれしい
「ありがとう」とお礼を言うよりも「お互い大変だね」と笑い合える関係が、何よりもうれしかった。
そこには、協力隊員と住民という立場を超えた、横並びの信頼があった気がします。
この関係こそが、私がエシカルなまちづくりで最も大切だと感じた
「思いやりの循環」
誰かが困ったとき、自然と手を差しのべる。
そのやさしさの連鎖が、まちを静かに支えているのだと実感しました。
支え合いの具体的なできごと|まとめ
- 無理に成果を出そうとせず存在として日常に混ざる
- 地域の話を謙虚に聴くことから始め理解しようと努める
- 心のゆとりを持って名前を覚え笑顔の挨拶を続ける

助ける・助けられるじゃなく一緒に暮らし一緒に動く。この共助の姿勢こそ、本当の信頼を生みます。
受け入れられるより理解しようとする姿勢|違いを多様性と捉える
地域おこし協力隊として活動を始めたばかりの頃、
私は”どうしたら受け入れてもらえるだろう”と考えていました。
「早く認めてもらわなきゃ」
「役に立たなきゃ」
そんな焦りが、いつの間にか自分の心を追い詰めていたのです。
本当に大切なのは“受け入れられること”ではなく“理解しようとすること”なのだと。
違いは壁ではなく豊かさ
酒田の暮らしには、独特の風習や言葉、そして都会とはまったく違う“時間の流れ”がありました。
さらに各地域によっても違います。
会議の進め方一つとっても、一方的であったりと
最初のうちは戸惑うことも多く、なぜこうなるんだろうと感じる場面もありました。
要するに
「この土地には、この土地のリズムと理由がある」
そう思うようになってから、行動や気持ちが軽くなったのを覚えています。
やさしい感じでお伝えしていますが、実際は泥沼でした(笑)
共生の第一歩は“尊重”から
活動の中では、意見が食い違うこともありました。
でも、それを間違いと捉えずに「そういう考え方もあるんだね」と受け止めるようにしました。
“違いを尊重し合う心のゆとり”
それが地域でエシカルに生きるための第一歩だったのかもしれません。
理解する姿勢を持ちながらも、自分の得意なこと・できることをそっと活かす。
そのバランスこそが、「わたしらしく」地域と関わり続ける秘訣だと今では感じています。
地域で学んだ共生の教訓|まとめ
- 相手の意見を否定せず、まずは聴く姿勢を大切にする
- 違いを対立ではなく「多様性」として受け止める
- 謙虚に学ぶ姿勢を持ちつつ自分の軸はブレずに活かす

理解されることを目指すより、まず理解しようとする努力を。それが心のゆとりと信頼への近道です。
家族みたいな関係ができたとき、まちは「心の居場所」になった
時間が経つにつれ、地域の人との関係は、
まるで雪解け水のようにゆっくりと変わっていきました。
最初は距離を置いていた人も、いつしか“協力隊の○○さん”ではなく、“かすみちゃん”と親しみを込めて呼んでくれるように。
夕食をご馳走になったり、人によっては泊めてくれたこともありました(クマの鳴き声が聞こえました)
その変化は、私の心がよそ者という殻を破り、地域の暮らしの中に自然と溶け込めた瞬間でした。
日常の中に芽生えた、穏やかな信頼
おすそ分けの採れたて野菜をいただいたり、玄関先で世間話をしたり。
そんな何気ないやりとりの一つひとつが、まちと生きているという実感をくれました。
派手なイベントや成果報告ではなく、この“暮らしの中のつながり”こそが、本当の信頼を育ててくれたのだと思います。
気づけば「ここが自分のまちだ」と心の底から思えるようになっていました。
家族みたいという言葉の奥にあるもの
この家族みたいな関係は、温かさ以上の意味を持っています。
お互いを気にかけ、助け合い、無理のない距離感で支え合う。
心のセーフティネットではないでしょうか。
後に私が在宅介護を経験したとき、この地域での絆がどれほど大切なものだったか、改めて痛感しました。
「もしも」の時に頼れるのは、制度や立場ではなく、日々の暮らしの中で育まれた“人と人のやさしいつながり”なのです。
まちに心の居場所を感じた瞬間
- 意見の尊重
⇒よそ者の私の意見を真剣に求められたとき - 純粋な親愛
⇒子どもたちに名前で呼ばれ、無邪気に駆け寄ってこられたとき - 帰る場所
⇒ 協力隊任期後、また帰っておいでと家族のように声をかけてもらったとき

ただ暮らすだけで人はまちの一部になれる。完璧を目指さず、自然体でいること。信頼とはそんな心地よいもの。
協力隊を終えて|信頼は続けることで育つ。ゆるやかな絆を大切に
地域おこし協力隊の任期が終わっても実は酒田との関係は続いています。
現在、横浜と酒田を行き来する生活を送る中で、私は改めて感じています。
物理的な距離と心の距離はまったくの別物だということ
離れていても、SNSで近況を見守ったり、季節の便りを送り合ったり。
そんなやりとりの中に、今も変わらない温もりを感じています。
信頼は“続けること”で育つ
地域とのつながりは任期や肩書きで終わるものではありません。
むしろ続けていくことで深まるものだと思います。
イベントで再会したときに「また会えたね」と笑い合える、その瞬間に感じるあたたかさこそ、ゆるやかな絆の証。
私の場合、昔グルメブログをこちらでやっていたため飲食店が多いです。
信頼は派手な活動や成果ではなく、日々のやりとりや、時間の積み重ねの中で静かに育っていくのです。
“まちと関わる”は仕事ではなく生き方
地域おこし協力隊の任期は最長3年という短い期間です。
「協力隊だから」
「任期があるから」
という枠に縛られたものではありません。
わたしらしい生き方”の延長線にあるものであり完璧を目指さず、心のゆとりを保ちながら、
できる範囲で、心地よく関わり続ける。
そんな自然体の関わりこそが持続可能で、信頼を育む形なのだと思います。

信頼はゴールじゃなく、つづく道。距離があっても大丈夫。あなたの心のペースで、ゆるやかに育てていけばいいんです。
まとめ|よそ者は、まちにとっての希望であり未来の安心を育む絆
最初は「よそ者」と呼ばれボロクソに言われ放題でした。
時間をかけて“わたしらしく関わることで、家族のような温かい仲間になれる。
酒田での経験を通じて、私はそのことを身をもって学びました。
大切なのは完璧に任務を目指すことではありません(もちろん大事ですが)
相手を理解し合う努力と心を分かち合う時間
その小さな積み重ねこそが、地域との信頼を育てていくのです。
エシカルな地域づくりの原点は共助
地域の信頼はイベントや成果からではなく、人と人との日常の中で静かに育まれるもの。
それは私が在宅介護を経験した中でも再確認した“共助の精神”でした。
誰かを一方的に助けるのではなく、お互いに支え合い分かち合う関係性。
この思いやりの循環こそが、エシカルなまちづくりの原点であり、未来への希望なのだと思います。
あなたの一歩が、まちに新しい風を運ぶ
“よそ者”という立場だからこそ、見えなかった地域の魅力や課題に気づけることがあります。
これは間違いありません。
その素直な視点と、あなたの小さな一歩が、まちに新しい風と希望を吹き込むのです。
いかに地域の方と共にできるかどうか。
肩の力を抜いて、あなたのペースで関わってみてください。
その絆はまちを豊かにし未来のあなた自身を支える“心のセーフティネット”になっていくはずです。

よそ者の一歩が、まちに希望を生む。あなたの想いと、ゆるやかな絆は、きっと誰かの未来につながっています。